📖「男らしさの終焉」グレイソン・ペリー著を読んで

 🌻この本は1カ月前から読み始めていたのですが先週、静岡新聞の日曜書評欄に取り上げてあったので、ココに自分の読後感を書きたいと思います。〜著者ペリーは本著の中で、伝統的なマスキュリ二ティ(男性性・男らしさ)を考察し、それがいかに現代社会にふさわしくないかを語っています。世の中のあらゆる局面で今もなお力を誇っているこの伝統的なマスキュリ二ティ(男性性・男らしさ)、それに対抗しうる新しい「男らしさ」のロールモデル(御手本)あるいは物語は、まだまだ模索中という中で話が展開しています。

・・・男の子は生まれたときから一人前の男として振る舞うようにしつけられる。⚡️成長するにつれて、「あのキックを見てよ、将来はサッカー選手だ」⚽️から「愚痴を言うな、タフになれ、男なら泣くな」と言われるようになる。新しい”男らしさ”のあり方を学校で教えていない場合、多くの男の子はマンガ的な男らしさのビジョンをもつようになるし、うまく一人前の男性になる方法を知りたいと思っているものの、自分の属するグループ内での「普通の男らしさって何?」を疑うには勇気がいる。(👈まさに、そのとおり)

 仲間内の性差別的な言動に気づいたり、さまざまな対人感情にとまどったりして、女の子も含めたグループ内でそのことを話したりできる男の子は賢明である、と。そうした経験が無いとペリーの社会経験上、男性しかいない企業はすぐに転落するのだ、と。🍀男性性についての考え方や感じ方を変えるためには、誰かがリーダーのオフィスに入って彼の権威を問う必要がある。彼は怒鳴って私たちの頭がおかしいと激怒するかもしれないが、彼と対峙しなければならない。

 〜傷つきやすい男性は変ではない。彼は傷つくことに開かれているが、愛することにも開かれている。怒りや不安や悲しみを押しとどめない人間は、より喜びを感じ、より親密な関係を築くことができるのだから、と。👏十代の自殺者が多い英国で、理想の男性ロールモデルがショーン・コネリー(007初代ジェームズボンド役)からディビット・ベッカムに変わって、もう久しいということを知りました。この本に関しては、また書いていきたいと思います👍

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