水球💦あるある〜青春のあやまち編😰

「🏊競泳は好きだけど、水球🏉はやらない」「泳ぐのは好きだけど、飛び込みはダメ」というふうに、その競技を知ろうともしないで好き嫌いで語ってよいという風潮はどんな時代にも根強くある。そんなことをしていると、・・・どんなジャンルでも、その世界で頂点の人たちを見ると胸にグッとくるものがある💘”頂点をいく人たちには普遍的な魅力がある”ということを、みすみす知る機会を失ってしまっていることになるのではないか!(※「普遍的(ふへんてき)」とは、すべてのものに共通しているさま。すべてのものに あてはまるさま、という意味です。)

 大人にもその傾向が見られるが、小中高生はとりわけこの”好き嫌い”が激しい。自分がいいと思ったもの以外は完全に切り捨てて、自分が傾倒している何かを守ろうとする。でもそれでは、一流のものに触れたことのない味気なさのままではないか・・・?と、ちょっと考えてみてほしい。

 ✋大人のアスリートたちよ✉️、自分の青春と絡(から)まり合ってしまったものは、その季節が過ぎると急に自分の周囲から排斥したい衝動に駆られることがある。過去に傾倒して、べったりと自己にまみれてしまったものは、振り返れば妙に恥ずかしい😡。”青春のあやまち”とない交ぜになってしまうからだが、それはそれで「いい思い出」と心の奥底にしまっておいて、〜どうか目を伏せないで、自分の世界を狭めないで欲しい🙏

🚴オリンピックレベルになると、たとえマイナー競技の選手でも頂点をいく選手たちには、それなりのきらめき✨があるものである。自分の世界を拡げていくためにも頂点のものを知っていくと、目が開かれていくのだと思うのだ。👍

コメントを残す